こんにちは、朝霧小春です。
今回ご紹介するのは、古典落語の滑稽噺・廓噺「付き馬(つきうま)」です。
舞台は江戸の吉原。物語の中心となるのは、手元に金がないまま遊郭でたっぷり遊ぶ男と、その勘定を取り立てるためについていく店の若い衆です。
普通なら、金を払えない客のほうが困るはずです。ところが、この男は少しも慌てません。若い衆を連れて吉原を出ると、次から次へと話をつなぎながら、自分のペースへ引き込んでいきます。
さらに終盤では早桶屋まで巻き込み、男が若い衆と早桶屋の主人へ別々の事情を信じ込ませることで、落語らしいすれ違いが生まれます。まずは、若い衆がなぜ男についていかなければならないのかに注目してみてください。

お金を持っていないのは男のほう。それなのに、なぜか困っていくのは若い衆です。どこで立場が変わっていくのかを追ってみましょう。
動画で「付き馬」のあらすじを見る
「朝霧ものがたり」の動画では、次々に立場が逆転していく展開が楽しい古典落語「付き馬」の魅力を、物語の映像とともに紹介しています。
「付き馬」の登場人物
客の男
吉原で遊ぶ、この噺の中心人物です。手元に金がないにもかかわらず、もっともらしい話をして店を信用させ、一晩たっぷり遊びます。
若い衆に問い詰められても慌てず、その場その場で話をつないでいきます。その行動からは、相手の立場や思い込みをうまく利用しながら状況を切り抜ける人物として描かれていることが分かります。
店の若い衆
吉原の店で働き、男から勘定を受け取るためについていく若者です。
男を信用しているというより、店の勘定を回収しなければ帰れない立場にあります。そのため、途中で怪しいと思っても、簡単には男から離れられません。
早桶屋の主人
物語の終盤で登場する早桶屋の主人です。早桶とは、亡くなった人を納める棺のことを指します。
男から事情を聞かされ、外にいる若い衆の身内が亡くなったものと思い込みます。しかし、若い衆が聞かされている話とはまったく違うため、二人の会話に大きな食い違いが生まれます。

若い衆と早桶屋の主人は、同じやり取りについて話しているつもりでも、信じている事情がまるで違います。その食い違いを作っているのが男なんですね。
落語「付き馬」のあらすじ
金を持たない男が吉原で一晩遊ぶ
江戸の吉原で、一人の男が遊女屋の前を歩いていました。
店の若い衆から声をかけられると、男は遊びに来たのではなく、金貸しの使いとして貸した金を取りに来たのだと説明します。
今は手元に金がありません。しかし翌朝になれば、相手から金を受け取れるというのです。
店はその話を信用します。
すると男は遠慮するどころか、酒を飲み、料理を頼み、にぎやかに一晩を過ごします。
やがて夜が明け、若い衆が勘定を持ってきました。

若い衆を連れて吉原を出る
ところが男は、すぐには金を出しません。
金を受け取るために必要な手続きがあるなどと話し、「一緒に来てくれれば、その場で金を受け取って勘定を払う」と若い衆へ持ちかけます。
店としても、勘定を回収しないままでは済みません。
そこで若い衆は、男について吉原を出ることになります。
「付き馬」とは、吉原などで勘定を払えない客に店の者が付き添い、代金を取り立てに行くことを指す言葉です。小学館『デジタル大辞泉プラス』でも、吉原遊郭で料金を払えない客に若い者を同行させ、勘定を取り立てることとして説明されています。

若い衆には「男を見張る」というより、「勘定を持って帰らなければならない」という事情があります。だから、少しくらい怪しくても簡単には引き返せません。

男の風呂代や飲食代まで立て替える
ところが男は、金を受け取りにまっすぐ向かいません。
朝から歩いて汗をかいたと言って風呂へ入り、そのあとも食事をしたり、酒を飲んだりします。
しかも、その支払いを若い衆に立て替えさせてしまいます。
若い衆は何度も、本来の勘定はいつ払ってくれるのかと尋ねます。
それでも男は「分かっている」「もう少し先だ」と言いながら、浅草方面へ歩いていきます。
若い衆にとっては、ここで帰れば吉原の勘定を回収できません。そのため疑いながらも、男についていくことになります。
しかも、すでに風呂代や飲食代を立て替えています。追いかけるほど、自分まで男の勘定に巻き込まれていくのです。

男が田原町の早桶屋へ入る
とうとう若い衆が我慢できなくなると、男は、この先に金の工面をしてくれる人物がいるようなことを話します。
やがて二人は田原町の早桶屋へ到着しました。
男は若い衆を外に待たせ、自分だけ店へ入ります。
そして早桶屋の主人に、外にいる若者の身内が昨夜急に亡くなったのだという作り話をします。
しかも非常に体の大きな人物だったため、普通の早桶では入らない。そこで、特別に大きな早桶を急いで作ってほしいというのです。
主人は男の話を信じます。
一方、外で待っている若い衆は、男が金を工面する相談をしていると思っています。
男は、若い衆にも聞かせたい部分では声を大きくし、肝心の作り話は主人のそばで小さく伝えます。
こうして同じ場所にいながら、若い衆と早桶屋の主人は、それぞれまったく違う話を信じることになります。

若い衆には「金の話がまとまった」と思わせ、早桶屋には「大きな早桶の注文が入った」と思わせる。一つの会話で二人を別々の方向へ誘導しています。

「財布に入れて持って帰る」で話が食い違う
男は若い衆を店へ呼び入れると、早桶屋の主人へ「あとは頼んだ」といった様子で、その場を離れてしまいます。
事情を知らない若い衆と主人だけが残されました。
主人が、できあがったものをどうやって持って帰るのかと尋ねます。
若い衆が考えているのは、受け取るはずの金です。
そこで当然のように、「財布に入れて持って帰る」と答えます。
しかし、主人が考えているのは大きな早桶です。
「そんなものが財布に入るのか」と驚く主人と、「金なら財布に入れるのが当然だ」と思う若い衆。
二人はまったく別のものについて話しているのに、使っている言葉だけを見ると、しばらく会話が続いてしまいます。
やがて大きな早桶が運ばれてきました。
若い衆は驚き、自分には亡くなった兄などいないと説明します。
主人も、そこで初めて自分が男にだまされたことに気づきました。

若い衆自身に「付き馬」がつく
若い衆は男を追おうとしますが、早桶屋の主人にとっては、注文を受けて作った大きな早桶が残っています。
主人は、せめて材料代だけでも払ってほしいと求めます。
しかし若い衆には、もう金がありません。
男の風呂代や飲食代まで立て替えてきたため、一文も残っていないのです。
そこで早桶屋の主人は、店の者に若い衆について吉原まで代金を取り立てに行くよう命じます。
男の勘定を取り立てるためについてきた若い衆が、今度は早桶屋の代金を取り立てられる立場になってしまいました。

道中で男の代金を立て替えていなければ、最後の状況は違っていたかもしれません。何気なく見えた途中の出来事が、ここで一つにつながります。

「付き馬」のオチ・結末の意味
「付き馬」の代表的なサゲでは、早桶屋の主人が店の者へ、若い衆について吉原まで「馬に行け」という趣旨の言葉をかけます。
物語の最初で付き馬をしていたのは、吉原の若い衆でした。
勘定を払わない男から代金を取り立てるため、男について吉原を出ています。
ところが男には逃げられ、そのうえ早桶屋から代金を請求されます。
しかも道中で男の支払いを立て替えたため、自分には払う金がありません。
その結果、今度は早桶屋側の人間が若い衆について、吉原まで代金を取り立てに行くことになります。
取り立てる側だった人物が、取り立てられる側へ回る。
この役割の反転を、演目名である「付き馬」そのものにつなげて締めるのが、この噺の鮮やかなところです。
男がただ逃げ切っただけでは、このサゲにはなりません。途中で若い衆に金を使わせたことまでが、最後の一言へ向けた仕掛けになっています。
「付き馬」の見どころ
若い衆が「帰れない」ことを利用した駆け引き
客の男は、腕力で若い衆を従わせているわけではありません。
若い衆には、吉原の店へ勘定を持って帰らなければならないという仕事上の事情があります。
つまり、この段階で若い衆を男についていかせているのは、「付き馬」として勘定を回収しなければならないという役目そのものです。
だから「もう少し先へ行けば払ってもらえる」と思う限り、途中で男を見捨てることができません。
男は結果として、その仕事上の弱い立場を利用する形で若い衆を連れ回していきます。
同じく遊郭の勘定をめぐって、口の達者な客と店側の立場が逆転していく噺には、落語「居残り佐平次」のあらすじと解説があります。「付き馬」と読み比べると、同じ廓噺でも、店の外へ連れ出す「付き馬」と、店に残って状況を変える「居残り佐平次」の違いを楽しめます。
早桶屋で生まれる「別の話なのに通じる会話」
早桶屋の場面では、主人は早桶について話し、若い衆は金について話しています。
それでも「できあがったらどうする」「持って帰る」といった言葉だけなら、どちらの話にも当てはまります。
観客だけが双方の勘違いを知っているため、「いつ二人が気づくのか」という期待が笑いを大きくしていきます。
「財布に入れて持って帰る」という返答で違和感が一気に膨らみ、早桶が姿を現したところで勘違いが崩れる。この段階的な見せ方も魅力です。
声の大きさと向きで情報を分ける落語ならではの演技
実際の高座で注目したいのが、男が早桶屋の主人と外にいる若い衆へ、別々の情報を伝える場面です。
大がかりな舞台装置がなくても、演者は声の大きさ、顔の向き、視線、間などを使い、「外まで聞こえる言葉」と「主人だけに聞かせる言葉」を表現できます。
観客は一人の演者を見ながら、早桶屋の内と外、さらに三人それぞれが知っている情報まで想像します。
文字であらすじを知ったあとに高座を聴くなら、この情報の演じ分けに注目すると、「付き馬」ならではの面白さをより感じられるでしょう。

同じ台詞でも、「誰に聞こえているのか」を意識すると場面が立体的に見えてきます。落語を実際に聴くときは、男の声の切り替えにも注目したいですね。
「ここまで来たのだから」が笑いを大きくする
若い衆は、付き馬という仕事上の理由で男について吉原を出しました。
ところが道中が長くなるにつれ、風呂代や飲食代まで自分で立て替えることになります。
すると今度は、「ここまでついてきたのだから勘定を回収したい」「すでに自分の金まで使っているのだから、今さら帰れない」という別の事情が重なっていきます。
物語の展開からは、最初は仕事上の役目だったものが、費やした時間や金によって、さらに「引くに引けない状態」へ変わっていく様子が読み取れます。
その結果、男を追いかけていた人物自身が無一文になってしまいます。
若い衆を単に「だまされやすい人物」として笑うのではなく、仕事上の事情に加えて、それまで費やした時間や金が次の判断につながっていくところを見ると、この噺の駆け引きがさらに面白くなります。
「付き馬」は落語初心者にもおすすめ?
「付き馬」は、中心となる登場人物が客の男、店の若い衆、早桶屋の主人と少なく、人物関係は比較的分かりやすい古典落語です。
一方で、吉原、若い衆、早桶、付き馬といった、現代ではなじみの薄い言葉が登場します。
特に「付き馬」の意味が分からないまま聴くと、最後に若い衆へ付き馬がつくことのおかしさが伝わりにくくなります。
「勘定を払えない客についていき、代金を取り立てる役目」という一点を知っておけば、あらすじもオチもかなり理解しやすくなるでしょう。
子どもと鑑賞する場合は、吉原が江戸時代の遊興の場であったことを、年齢に応じて簡潔に補足すると理解しやすくなります。
物語そのものは、口のうまい男と勘定を取り立てる若い衆の攻防として追うことができます。
まとめ
落語「付き馬」は、吉原で勘定を払わない男と、代金を取り立てるためについていく若い衆の攻防を描いた古典落語です。
男は若い衆を連れ回し、風呂代や飲食代まで立て替えさせたうえ、最後には早桶屋を巻き込んだ作り話で姿を消します。
見どころは、早桶屋と若い衆が別々のものについて話しながら会話を続けるすれ違い、三人の情報差を表現する演じ分け、そして道中の立て替えまでが結末へつながっていく構成です。
最後には、男へ付き馬をしていた若い衆が、自分に付き馬をつけられる側へ回ります。題名の意味をそのまま立場の逆転へ変える、よくできたサゲを味わえる演目です。

最初は「男はどうやって逃げるのだろう」と追っていたはずなのに、最後には若い衆の財布まで空っぽになっています。誰が誰の勘定を追っているのか、その変化を楽しみながら聴いてみてください。
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参考資料・補足
- 小学館『デジタル大辞泉プラス』「付き馬」
- 文化デジタルライブラリー「第78回特別企画公演 東西落語二人会 志ん朝・小文枝」(1985年7月2日、国立演芸場/三代目古今亭志ん朝「付き馬」)
- TBSチャンネル「落語研究会『付き馬』五街道雲助、『親子酒』柳家花緑、『大安売り』鈴々舎馬るこ」
- TBSチャンネル「落語研究会『芝浜』瀧川鯉昇、『井戸の茶碗』桃月庵白酒、『付き馬』古今亭志ん輔」
「付き馬」は「早桶屋」「付き馬の付き馬」などの別題でも知られる古典落語です。『デジタル大辞泉プラス』でも、この別題と「付き馬」の意味が確認できます。
文化デジタルライブラリーには、1985年7月2日の国立演芸場「第78回特別企画公演 東西落語二人会」で三代目古今亭志ん朝が「付き馬」を演じた記録があります。また、TBSチャンネルにも五街道雲助、古今亭志ん輔による口演記録があります。
「付き馬」は演者や口演によって、男が吉原で遊ぶまでの経緯、勘定を払えない理由、道中で立ち寄る場所や飲食の内容、早桶屋での細かなやり取り、サゲまでの台詞などが異なる場合があります。
本記事では、一般に知られる筋を踏まえ、男が吉原で遊んだあと若い衆を連れ出し、道中で支払いを立て替えさせ、田原町の早桶屋を巻き込んで逃げる流れを中心に紹介しました。結末については、若い衆自身が早桶代を払えなくなり、今度は吉原まで付き馬をつけられる形を取り上げています。

