こんにちは、朝霧小春です。
今回ご紹介するのは、古典落語の滑稽噺「猫の災難(ねこのさいなん)」です。
物語の主人公は、お酒が大好きなのに、お金がなくて飲めない男・熊五郎。そんな彼が手に入れたのは、なんと鯛の頭と尻尾だけでした。
ところが、その鯛を見た兄貴分が、立派なごちそうだと勘違い。酒を買ってくると言い出したことで、思いがけない騒動が始まります。
熊五郎は、都合が悪くなるたびに隣の猫へ責任を押しつけます。しかし、ひとつの嘘をごまかしたと思ったら、今度は自分の酒好きが新たな問題を引き起こしてしまうのです。
「猫の災難」は、お酒への欲望と、その場しのぎの言い訳が引き起こす騒動を描いた一席です。熊五郎の酔いっぷりや、兄貴分との掛け合いにも注目してください。

兄貴分は親切で酒を買いに行ってくれるのに、なぜ熊五郎は正直に話せなくなってしまうのでしょう? 二人の気持ちのすれ違いにも注目してくださいね。
「猫の災難」の登場人物
熊五郎(くまごろう)
お酒が大好きな、江戸の町に暮らす男です。お金がなくても酒を飲みたいという気持ちは強く、うまい話が転がり込むと、つい調子に乗ってしまいます。
その場を取り繕うための言い訳は得意ですが、目先のことばかり考えて行動します。自分の欲望に振り回され、次々に騒動を起こしてしまう主人公です。
兄貴分
熊五郎と親しい、面倒見のよい男です。酒を一緒に飲もうと訪ねてくるなど、気前よく世話を焼いてくれます。
一方で、熊五郎の言い訳を聞いても黙って引き下がらず、不審な点はきちんと問いただす人物です。
隣のおかみさん
熊五郎の隣に住む女性です。飼い猫が病気になり、見舞いにもらった鯛の残りを熊五郎へ譲ります。
飼い猫を大切にしている、熊五郎の身近な隣人です。
隣の猫
隣家で飼われている猫です。病気見舞いに鯛をもらうほど大切にされています。
ところが熊五郎の言い訳によって、次々に悪事を働いたことにされてしまいます。題名にもなっている、この噺の重要な存在です。

猫は病気なのに、どうして熊五郎の騒動に巻き込まれちゃうの?
落語「猫の災難」のあらすじ
酒を飲みたい熊五郎と、鯛の頭と尻尾
ある日のこと。朝湯から帰ってきた熊五郎は、どうにも酒が飲みたくてたまりません。
しかし、あいにく懐にはお金がありません。
酒が飲みたい。でも酒を買うお金がない。そんなことを考えながら、熊五郎はぶつぶつとぼやいていました。
そこへ、隣のおかみさんが通りかかります。
見ると、手には大きな鯛の頭と尻尾があります。
熊五郎が事情を尋ねると、飼っている猫が病気になり、見舞いとして立派な鯛をもらったのだそうです。
猫には鯛の身を食べさせたので、残った頭や骨、尻尾を捨てに行くところでした。
それを聞いた熊五郎は、鯛の頭にもおいしいところがあると言って、捨てるなら自分に譲ってほしいと頼みます。
おかみさんは快く譲ってくれました。
これで、酒の肴は手に入りました。
しかし、肝心の酒がありません。
熊五郎は、猫がまた見舞いに酒でももらってくれないものかと、勝手なことを考えます。

兄貴分が鯛を見て酒を買いに行く
そこへ、ちょうど兄貴分が訪ねてきました。
一緒に酒でも飲もうという誘いです。
熊五郎にとっては願ってもない話ですが、酒の肴として用意できるのは、先ほどもらった鯛の頭と尻尾だけです。
熊五郎は、鯛の頭と尻尾を並べ、真ん中にすり鉢をかぶせて置いていました。
すると兄貴分は、すり鉢の下に身もあるものと思い込み、立派な鯛が一匹あると勘違いしてしまいます。
こんなごちそうがあるなら、自分が酒を買ってこよう。
兄貴分はそう言って、酒屋へ向かうことになりました。
熊五郎は近所の酒屋に借りがあるため、少し離れた店まで行ってもらいます。
ところが、兄貴分が出かけてしまうと、熊五郎は困りました。
本当は鯛の身など残っていないのです。
正直に話せば、兄貴分をがっかりさせるかもしれません。それに、せっかく酒を買いに行ってもらえた機会を台無しにしたくないという気持ちもあったのでしょう。
そこで熊五郎は、ある言い訳を思いつきました。

お酒を買いに行ってもらった以上、今さら本当のことを言いにくくなってしまいました。ここから熊五郎の言い訳が始まります。

鯛の身を隣の猫が盗んだことにする
やがて兄貴分が酒を買って戻ってきました。
すると熊五郎は、いかにも困ったという様子で話し始めます。
せっかくの鯛を料理しようとしていたら、隣の猫がやって来て、身をくわえて逃げてしまったというのです。
兄貴分は驚きます。
鯛を三枚におろしたのなら、片方の身だけでも残っているはずではないか。
そう問い詰められると、熊五郎は、猫がもう片方の身まで抱えて持っていったと説明します。
猫がそんな器用なことをするものかと、兄貴分は不審に思います。
それでも熊五郎は、隣には日頃世話になっているから、文句を言わず我慢してほしいと頼み込みました。
兄貴分は不満を抱えながらも、仕方なく代わりの魚を買いに出かけます。
これで熊五郎は、最初の嘘をごまかすことができました。
しかし、目の前には兄貴分が買ってきた酒があります。

兄貴分の留守に酒を飲み始める
熊五郎は、誰もいなくなった部屋で酒を眺めていました。
ほんの少しだけなら飲んでも構わないだろう。
そんな気持ちで、一杯口にします。
すると、これが実にうまい酒でした。
兄貴分が戻るまでにはまだ時間があります。
もう一杯くらいなら大丈夫。少し減ったところで分からないだろう。
そう考えているうちに、二杯、三杯と酒が進んでしまいます。
兄貴分はそれほど酒が強くないから、多くは飲まないだろうと、自分に都合のよい理屈までつけ始めました。
ところが、気づいたときには酒がほとんど残っていません。
熊五郎は慌てます。
少しは残しておこうとしますが、酒を移し替えようとしてこぼしてしまいます。
もったいないと、畳にこぼれた酒まで吸おうとする始末です。
そして、とうとう残った酒まで飲み干してしまいました。
こうなると、兄貴分に何と説明すればよいのでしょうか。

せっかく買ってきてもらったお酒まで! 今度はどんな言い訳をするつもりなの?

今度は酒まで猫のせいにする
困った熊五郎が考えついたのは、またしても隣の猫でした。
猫がもう一度やって来て、今度は酒の瓶を倒し、中身をこぼしてしまったことにしようというのです。
その話を信じてもらうため、熊五郎は猫を追いかけて怒っているふりまで始めます。
ところが、酒をたっぷり飲んだ熊五郎は、すっかり酔っぱらっています。
大騒ぎをしているうちに眠くなり、とうとう寝込んでしまいました。
そこへ、魚を買ってきた兄貴分が戻ってきます。
見れば、酒が一滴も残っていません。
熊五郎は、また隣の猫が悪さをしたのだと言い張ります。
しかし兄貴分も、今度ばかりは簡単に信じません。
何しろ、熊五郎自身がひどく酔っぱらっているのです。
酒を飲んでしまったのではないかと問い詰められると、熊五郎は、こぼれた酒を畳から吸っただけだと弁解します。
それでも熊五郎は、酒がなくなったのは猫のせいだと言い続けるのでした。

隣のおかみさんが真相を明かす
兄貴分はとうとう腹を立て、隣へ文句を言いに行こうとします。
猫をきちんと世話していないから、こんな騒動になるのだと抗議するつもりです。
ところが、そこへ隣のおかみさんがやって来ました。
おかみさんは、熊五郎が先ほどから猫のせいにしていることを聞いていました。
そして、うちの猫は病気なのだと説明します。
そもそも鯛の身は猫に食べさせたもので、残った頭や尻尾を熊五郎に譲ったのです。
これで、兄貴分にも事情が分かりました。
鯛の身は最初からなかったのです。
しかも酒まで飲んでしまい、その責任を猫へ押しつけていたのでした。
怒った兄貴分は、熊五郎に問い詰めます。
自分を隣へ行かせて、いったい何をさせるつもりだったのか。
すると熊五郎は、最後までとぼけた調子で答えます。
「だから、猫によーくお詫びをしてくんねえ」
この一言で噺は終わります。

「猫の災難」のオチ・結末の意味
この記事で紹介した型では、熊五郎が兄貴分に、猫へ謝ってきてほしかったと答えるのがサゲです。
このオチには、責任転嫁と、最後の一言による立場の逆転という二つの面白さがあります。
兄貴分は、猫が鯛を盗み、酒までこぼしたという話を信じ、隣家へ抗議しに行こうとしていました。
ところが真相が明らかになると、熊五郎はその行動の意味をひっくり返してしまいます。
兄貴分が隣へ行くのは、猫を叱るためではない。猫に謝るためだったというのです。
もちろん、熊五郎が初めから謝罪を頼むつもりだったとは考えにくいでしょう。問い詰められた末に、最後まで言い逃れを続けたと受け取れます。
つまり、抗議しに行くはずだった兄貴分を、いつの間にか謝罪しに行く立場へ変えてしまうのです。
さらに、本当に謝るべきなのは熊五郎自身です。それなのに、自分では謝らず兄貴分に頼もうとするところにも、熊五郎の身勝手さが表れています。
この二重のずうずうしさが、最後の笑いにつながっています。
題名の「猫の災難」も、こうして振り返ると味わい深いものがあります。猫は熊五郎の嘘によって何度も悪者にされ、危うく飼い主まで抗議を受けるところでした。
何も悪いことをしていない猫が、勝手に騒動の中心へ押し出されてしまう。その理不尽さも、この題名の面白いところです。
なお、「猫の災難」には演者や地域による型の違いがあり、すべての口演がこの言葉で終わるわけではありません。
「猫の災難」の見どころ
酒を飲むしぐさと、酔い方の変化
「猫の災難」の大きな魅力は、酒好きの熊五郎が、目の前の酒を我慢できなくなる場面です。
最初は少しだけ飲むつもりだったのに、酒のおいしさに引き込まれ、次第に止まらなくなります。
酒を茶碗へ注ぐ様子、口に運ぶ動き、飲んだ後の満足そうな反応。実際には酒も茶碗もない高座で、まるで本当に飲んでいるように見せます。
特に、「もう飲まない」と思いながら次の一杯へ手を伸ばす心理を、しぐさや短い沈黙でどう表現するかが聴きどころです。
そして、酒が進むにつれて変わるのは動作だけではありません。話す速さ、視線、身体の傾き、反応の遅れなどにも、酔いの程度を表現する落語家それぞれの工夫が表れます。
小さな嘘が次の嘘を呼ぶ展開
この噺では、熊五郎の嘘が二段階で描かれています。
最初は、鯛の身がないことを隠すための嘘。二度目は、兄貴分の酒を飲んでしまったことを隠すための嘘です。
どちらも猫を犯人に仕立てますが、言い訳をする熊五郎の状態は違います。
一度目は素面なので、兄貴分の質問に合わせて、猫が鯛をくわえた様子を次々に説明できます。
ところが二度目は、熊五郎自身がすっかり酔っぱらっています。顔や態度に酒を飲んだ様子が表れているため、同じように猫のせいにしても説得力がありません。
つまり、一度目は嘘の内容が怪しく、二度目は嘘をつく本人の様子まで怪しいという違いがあります。
同じ言い訳を繰り返しながら、失敗の程度を大きくしていく構成が、この噺ならではの面白さです。
兄貴分の親切が裏目に出る皮肉
この噺では、兄貴分は決して意地悪な人物ではありません。
むしろ熊五郎と酒を飲もうと誘い、自分で酒を買い、肴まで探しに出かけてくれます。
ところが、その親切が結果的に熊五郎へ嘘をつく機会を与え、酒を飲み干す時間まで作ってしまいます。
兄貴分が世話を焼くほど、熊五郎にはその厚意に甘える機会が生まれるのです。
この二人の関係には、世話を焼く人と、その親切に甘えてしまう人という、人間くさい面白さがあります。
酒をめぐって人間の欲望が表に出るという点では、落語「禁酒番屋」のあらすじと解説にも通じます。
ただし、「禁酒番屋」が酒屋と役人の駆け引きを描くのに対し、「猫の災難」は一人の男の欲望と、それに振り回される兄貴分の関係を中心に描いています。
熊五郎と兄貴分の掛け合い
この噺では、熊五郎と兄貴分のやり取りにも注目です。
前半の熊五郎は、兄貴分の質問に答えながら、何とかその場を取り繕おうとします。兄貴分が不審に思って問い返すたび、熊五郎の言い訳はますます苦しくなっていきます。
後半になると、酔った熊五郎は平気でとぼける一方、兄貴分はますます腹を立てます。
言い逃れを続ける熊五郎と、それを追及する兄貴分の温度差が、会話のテンポや間によって際立つところが面白さです。
同じ台詞でも、兄貴分がどこで疑い、熊五郎がどのように受け流すかによって、笑いの生まれ方が変わります。

あらすじを知ってから聴くと、熊五郎の酔い方や兄貴分の反応にも注目できます。同じ場面でも、落語家によって笑いの生まれ方が変わるのが楽しいですね。
「猫の災難」は落語初心者にもおすすめ?
「猫の災難」は、落語初心者にも比較的おすすめしやすい滑稽噺です。
登場人物が少なく、物語の中心も熊五郎と兄貴分のやり取りなので、人物関係で迷うことはあまりありません。
鯛の頭と尻尾を手に入れる、兄貴分が酒を買ってくる、猫のせいにする、酒を飲んでしまうという流れも分かりやすく、難しい時代知識がなくても楽しめます。
ただし、「肴」は酒と一緒に食べる料理、「三枚におろす」は魚を左右の身と中骨に分けること、といった言葉を知っておくと、熊五郎の言い訳が理解しやすくなります。
また、すり鉢をかぶせた鯛を兄貴分が一匹丸ごとあると勘違いする場面は、状況を頭の中で想像できると、より面白く感じられます。
口演の長さは演者によって異なり、国立演芸場での公演記録や放送記録には30分前後のものもあります。短い小噺というより、会話と酒を飲むしぐさをじっくり楽しむ演目と考えるとよいでしょう。
子どもでも物語の筋は理解できますが、飲酒が笑いの中心であり、猫を脅すような言葉が出る型もあります。鑑賞するときは、実際に猫が悪さをしたわけではないことを伝えると分かりやすいでしょう。
大人なら、熊五郎の「少しだけなら大丈夫」という心理に、身に覚えのある方もいるかもしれません。
まとめ
古典落語「猫の災難」は、酒好きの熊五郎が鯛の頭と尻尾を手に入れたことから始まる、愉快な滑稽噺です。
兄貴分の勘違いをきっかけに、熊五郎は猫を利用した言い訳を重ねてしまいます。そして最後には、隣へ抗議しようとしていた兄貴分に、猫へ謝るよう頼むという意外なサゲが待っています。
この噺の魅力は、酒を飲むしぐさの巧みさと、素面から泥酔へ変わっていく熊五郎の姿にあります。あらすじを知った後でも、落語家の演じ方によって新しい笑いを発見できる作品です。

悪いことをしていないのに、何度も濡れ衣を着せられる猫。題名の意味を考えながら聴くと、熊五郎の困った性格がいっそう面白く感じられますね。
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参考資料・補足
- 公益財団法人放送番組センター「放送ライブラリー」『日本の話芸 落語「猫の災難」鈴々舎馬風』。NHK、1994年6月12日放送。
- 公益財団法人放送番組センター「放送ライブラリー」『落語百選 猫の災難 桂春團治』。ラジオ大阪、1973年11月4日放送。二代目桂春團治の口演。
- 独立行政法人日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー」演目「猫の災難」公演記録。
- 独立行政法人日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー」第58回国立名人会・三代目三遊亭遊三『猫の災難』公演記録。1986年1月25日、国立演芸場、28分。
- 落語のあらすじ事典「Web千字寄席」『猫の災難』。あらすじ、サゲ、上方落語との違いに関する解説。
- 「TOKYO HEADLINE」『江戸瓦版的落語案内 Rakugo guidance of TOKYO HEADLINE 猫の災難(ねこのさいなん)』。2015年10月26日公開。
「猫の災難」は、江戸落語と上方落語で人物設定や細かな展開、サゲなどに違いがあります。本記事では、熊五郎が隣のおかみさんから鯛の残りをもらい、兄貴分に酒を買ってもらう筋を中心に紹介しました。
放送ライブラリーに登録されている鈴々舎馬風の口演でも、隣家から鯛の頭と尾をもらい、兄貴分が酒を買ってきた後、熊五郎がその酒を飲んでしまうという主要な展開が確認できます。
鯛の頭と尻尾を覆う道具にも違いがあります。鈴々舎馬風の放送記録では「ざる」、二代目桂春團治の放送記録では「すりばち」が用いられています。本記事では、すり鉢を使う型を採用しました。
また、二代目桂春團治の口演については、放送ライブラリーの番組概要で、男が魚屋から鯛の頭と尾をもらう設定が紹介されています。鯛を入手する場所にも違いがあるため、すべての口演で隣のおかみさんが鯛を譲るわけではありません。
上方の型には、猫が神棚に向かって拝むしぐさを利用し、「災難」と猫の鳴き声を掛け合わせた地口で締めくくるものもあります。本記事で紹介した「猫によく詫びをしてほしい」というサゲは、すべての口演に共通するものではありません。
五代目古今亭志ん生は、猫を犬に替えた「犬の災難」という題でも演じています。鯛の代わりに鶏が登場するなど、物語の設定にも違いが見られるため、単に題名だけを変えたものとは限りません。
酒を飲むしぐさ、酔い方、細かな台詞、人物の呼び方、最後の言い回しなどは、落語家や口演によって異なります。本記事では、特定の落語家の細かな演出を全口演に共通するものとはせず、物語の中心となる出来事と笑いの構造を整理しました。

