こんにちは、朝霧小春です。
今回ご紹介するのは、古典落語の滑稽噺「出来心(できごころ)」です。
物語の中心となるのは、どうにも要領の悪い泥棒と、貧乏長屋に暮らす八五郎。泥棒が八五郎の留守宅へ忍び込んだことから、思いがけない騒動が始まります。
ところが、この家には盗みたくなるような物がほとんどありません。さらに帰宅した八五郎は、泥棒に入られたことを利用して、大家への家賃の言い訳を思いつきます。
「出来心」の面白さは、泥棒を捕まえるだけの話ではないところです。八五郎がその場を切り抜けるためについた小さな嘘が、大家から質問されるたびに大きくなり、最後には隠れていた泥棒まで巻き込んでいきます。
別題として「花色木綿(はないろもめん)」「盗人出来心(ぬすびとできごころ)」とも呼ばれる噺です。特に「花色木綿」は、八五郎の苦しまぎれの受け答えから生まれる笑いと深く結びついています。

泥棒に入られた人が気の毒な話かと思ったら、だんだん様子が変わってきます。八五郎が何を思いつくのかに注目してみてください。
「出来心」の登場人物
泥棒
八五郎の留守宅へ忍び込む泥棒です。家へ入ってみたものの、盗みたくなるような物が見つからず、八五郎が帰ってきたため身を隠します。
怖い悪党として描かれるというより、最後には八五郎の嘘に我慢できなくなって自分から姿を現してしまう、どこか間の抜けた人物です。
八五郎
泥棒が忍び込む貧乏長屋の住人です。家には高価な物がほとんどありません。
泥棒が入ったことに気づくと、それを家賃の支払いを延ばしてもらう口実に使おうとします。しかし、その場しのぎの嘘が思いがけない方向へ広がっていきます。
大家
八五郎が暮らす長屋の大家です。八五郎から泥棒に入られたと聞き、何を盗まれたのか詳しく確認しようとします。
大家は当然の確認をしているだけですが、その質問に答えようとするたび、八五郎は新しい嘘を考えなければならなくなります。

泥棒、八五郎、大家。それぞれが自分の立場で動いているだけなのに、会話が続くほど話がこじれていきます。ここからが「出来心」の面白いところです。
落語「出来心」のあらすじ
泥棒が八五郎の家へ忍び込む
一人の泥棒が、留守になっている家へ忍び込みます。
ところが、そこは八五郎が暮らす貧しい長屋でした。家の中を探してみても、これといって盗みたくなるような物が見つかりません。
そうこうしているうちに、家の主人である八五郎が帰ってきます。
逃げる機会を失った泥棒は、縁の下などへ身を隠します。八五郎は家に残された足跡から、誰かが忍び込んだことに気づきます。

せっかく忍び込んだのに、盗む物がない。泥棒にとっては困った状況ですが、八五郎はここで別のことを考えます。

八五郎が家賃の言い訳を思いつく
八五郎には、大家へ支払えていない家賃があります。
そこで泥棒が入ったことを利用し、「家賃として用意していた金まで盗まれてしまった」と言えば、支払いを少し待ってもらえるのではないかと考えます。
八五郎は大家を呼び、泥棒に入られたと訴えます。
ところが大家は、ただ同情するだけではありません。盗難の被害を確認するため、何を盗られたのか詳しく聞き始めます。

家賃のお金だけの話で終わると思っていたのに、盗まれた物を詳しく聞かれるんですね。八五郎はどう答えるのでしょう。

盗まれた物が次々に増えていく
本当は何も盗まれていない八五郎ですから、何を盗られたのかと聞かれても答えようがありません。
それでも今さら嘘だったとは言いにくく、八五郎は口から出まかせに品物を挙げ始めます。
代表的な筋では、夜具、羽織、着物、蚊帳、箪笥などが盗まれたことになっていきます。
しかし、実際には持っていない品物です。柄や裏地などを詳しく尋ねられると、八五郎は答えに詰まります。
そこで苦しまぎれに、裏地を尋ねられるたび「花色木綿」と答えていきます。
花色木綿とは、はなだ色に染めた木綿で、着物の裏地などにも用いられたものです。この言葉が繰り返し登場することから、「出来心」は「花色木綿」という別題でも知られています。

最初は家賃を待ってもらうための小さな嘘でした。でも、質問に答えるたびに新しい嘘が必要になって、八五郎自身がどんどん追い込まれていきます。

隠れていた泥棒が飛び出してくる
八五郎と大家のやり取りを、隠れている泥棒もずっと聞いています。
自分は何一つ盗んでいないのに、八五郎の話の中では、夜具も着物も箪笥も盗んだことになっています。
とうとう泥棒は我慢できなくなります。
そんな物はこの家にはなかった、自分は盗んでいない――そう言って、自分から姿を現してしまいます。
盗みに入ったことを隠していたはずの人物が、身に覚えのない盗品まで押しつけられたことで、思わず名乗り出てしまうのです。

泥棒なのに、「それは自分が盗んだんじゃない」と出てきてしまうんですね。黙っていればよかったのに、そこだけ妙に正直なのがおかしいです。

最後には八五郎も「出来心」
突然現れた泥棒に、大家は驚きます。
なぜ泥棒に入ったのかと問いただされると、泥棒は「貧の盗みの出来心で」と、しおらしく謝ります。
すると大家は、今度は八五郎へ向き直ります。
何も盗まれていないのに、なぜ夜具や着物、箪笥まで盗られたなどと嘘をついたのか。
問い詰められた八五郎は、泥棒と同じ言葉を使って答えます。
「これも、ほんの出来心でございます」
こうして、泥棒が自分の行いを弁解するために使った言葉を、最後には八五郎まで使うところで噺は締めくくられます。

「出来心」のオチはどういう意味?
この噺のオチで重要なのが、題名にもなっている「出来心」という言葉です。
出来心とは、あらかじめ計画していたのではなく、その場でふと起こった考えや、一時のはずみから何かをしてしまうことを表します。
泥棒は、盗みに入ったことについて「出来心だった」と弁解します。一方、八五郎は、盗まれてもいない品物を次々に並べた嘘について、同じ「出来心」という言葉を使います。
二人がしたこと自体はもちろん同じではありません。それでも、追及された最後に同じ言葉で自分の行動を弁解するため、泥棒と八五郎が一瞬だけ対称的な存在に見えてきます。
題名の「出来心」が結末で八五郎にも当てはまることで、物語全体が最後の一言できれいにつながります。

泥棒だけの「出来心」だと思っていたら、最後には八五郎にも返ってきます。題名の意味が最後に広がるところが、このオチの面白さですね。
「出来心」の見どころ
大家の質問が笑いを大きくしていく
この噺では、八五郎が一人で長々と嘘を考えるわけではありません。
大家が「何を盗られた」「どんな品物だった」と尋ねるたび、八五郎はその場で新しい答えを考えます。
演者によって間やテンポは異なりますが、大家の質問に対して八五郎が苦しい答えを重ねていくやり取りが、この噺の大きな聞きどころです。
質問する側は普通に話しているだけなのに、答える側だけがどんどん苦しくなっていく。その温度差が笑いを膨らませます。
「花色木綿」を待つようになる反復の面白さ
八五郎が困るたびに登場する「花色木綿」も、この噺ならではの見どころです。
同じような答えが繰り返されると、聞き手は次第に「また花色木綿と言うのでは」と予想するようになります。
「花色木綿」が繰り返されるうちに、聞き手も次の答えを予想するようになります。その期待と八五郎の苦しい受け答えが、反復の笑いにつながります。
泥棒が自分から出てくるという逆転
普通の泥棒なら、見つからないよう息を潜めるはずです。
ところが「出来心」では、自分が盗んでもいない物まで盗んだことにされた泥棒が、とうとう我慢できなくなって姿を現します。
犯罪を隠したい気持ちより、「そこまで俺のせいにするな」という気持ちが前に出てしまう。その間の抜けた逆転が、泥棒という人物を怖い存在ではなく滑稽な存在へ変えています。
嘘の種類が違う「まんじゅうこわい」と比べる
嘘や言葉の駆け引きを楽しむ落語としては、落語「まんじゅうこわい」のあらすじとオチと比べてみるのも面白いでしょう。
「まんじゅうこわい」では、最初から相手をだますために仕掛けた嘘が笑いを生みます。それに対して「出来心」の八五郎は、目の前の質問を切り抜けるため、その場しのぎの嘘を重ねていきます。
同じ「嘘」を題材にしていても、計画的な策略と、追い詰められて膨らむ言い訳では、笑いの生まれ方が違います。

八五郎がどんな嘘をつくかだけでなく、大家がどう質問し、泥棒がどこまで我慢するのか。三人の会話のテンポを楽しむと、この噺がもっと面白くなりますよ。
「出来心」は落語初心者にも分かりやすい?
「出来心」は、落語初心者にも比較的分かりやすい古典落語です。
中心となる登場人物は泥棒、八五郎、大家で、人物関係は複雑ではありません。泥棒が入り、八五郎が嘘をつき、嘘が大きくなって泥棒が姿を現すという流れも追いやすいでしょう。
一方で、「長屋」「大家」「花色木綿」など、現代ではなじみの薄い言葉が登場します。特に「花色木綿」が着物の裏地などに用いられた木綿だと知っておくと、八五郎の返答のおかしさがより伝わりやすくなります。
また、演者や口演によって、盗まれたことにする品物や会話の細部などが異なる場合があります。細かな違いよりも、八五郎が質問されるたびに答えに困っていく流れを追えば、初めてでも十分楽しめます。
子どもが鑑賞する場合も、泥棒が登場するものの、恐怖や暴力を中心にした作品ではありません。ただし、盗みや嘘を笑いの題材にした噺であることは、年齢に応じて補足すると理解しやすいでしょう。
まとめ
落語「出来心」は、泥棒が八五郎の家へ忍び込んだことから始まる古典落語の滑稽噺です。
八五郎が家賃の言い訳として始めた嘘は、大家から詳しく尋ねられるうちに膨らみ、とうとう隠れていた泥棒まで姿を現します。
「花色木綿」の反復や、大家と八五郎のテンポのよいやり取りなど、登場人物の少ない噺だからこそ会話そのものをじっくり楽しめる一席です。

最初は何気ない家賃の言い訳だったのに、最後には泥棒まで巻き込む大騒ぎになります。八五郎の苦しい受け答えと、三人の会話の間を楽しんでみてください。
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参考資料・補足
- 平凡社『改訂新版 世界大百科事典』「出来心」項
- 小学館『デジタル大辞泉プラス』「出来心」項
- 小学館『デジタル大辞泉』『精選版 日本国語大辞典』「花色木綿」項
「出来心」は、「花色木綿」「盗人出来心」とも呼ばれる古典落語です。平凡社『改訂新版 世界大百科事典』では、文化5年(1808年)刊『江戸前噺鰻』所収の「ぬす人」が原話として紹介されています。
同資料では、八五郎の家へ空き巣が入り、八五郎が家賃の言い訳として盗難被害を作り上げ、夜具、羽織、着物、蚊帳、箪笥などを盗まれたことにし、最後に泥棒と八五郎の双方が「出来心」という言葉を使う筋が紹介されています。
本文で挙げた品物や会話の細部は、すべての口演で固定されているとは限りません。本記事では、確認できた資料に基づく代表的な筋を中心に整理し、資料との対応を確認できない別演目名や細かな口演差については記載していません。
「花色木綿」は、はなだ色に染めた木綿を指し、主に着物の裏地に用いられました。「出来心」の別題にもなっており、八五郎が盗まれた品物について苦しまぎれに同じ言葉を繰り返す場面と深く結びついています。

