こんにちは、朝霧小春です。
今回ご紹介するのは、古典落語の滑稽噺「大安売り(おおやすうり)」です。
物語の中心となるのは、巡業から帰ってきた一人の関取。町内の若い衆から成績を尋ねられると、関取は何食わぬ顔で「勝ったり負けたり」と答えます。
ところが、初日はどうだったのか、次の日はどうだったのかと詳しく聞いていくと、どうも話がおかしくなってきます。
「大安売り」は、豪快な相撲の取り組みを描くというより、関取の言葉と実際の成績とのずれを楽しむ短い滑稽噺です。難しい予備知識はほとんど必要なく、会話を追いながらオチまで楽しめます。

最初の「勝ったり負けたり」という言葉を覚えておいてください。ごく普通の答えに聞こえますが、この一言が最後までしっかり効いてきます。
「大安売り」の登場人物
関取
巡業から帰ってきた相撲取りで、この噺の中心人物です。町内の若い衆から成績を尋ねられると、「勝ったり負けたり」と答えます。
しかし、取り組みの結果を一日ずつ聞かれていくにつれて、その言葉と実際の成績との間に妙なずれが見えてきます。
町内の若い衆
巡業から戻ってきた関取に声をかけ、成績を尋ねる聞き手役です。最初は関取の「勝ったり負けたり」という言葉を、そのまま受け取ります。
ところが、初日から順に結果を尋ねていくことで、関取の説明のおかしさを少しずつ明らかにしていきます。

関取が自分から秘密を明かすのではなく、相手が一つずつ聞いていくことで真相が見えてきます。質問する側が、知らないうちに噺を進めているんですね。
「大安売り」のあらすじ
巡業から帰ってきた関取
相撲の巡業から帰ってきた関取に、町内の若い衆が声をかけます。久しぶりに戻ってきたのですから、気になるのはやはり巡業での成績です。
そこで「勝負はどうだった」と尋ねると、関取は「勝ったり負けたり」というような答えを返します。
この言い方を聞けば、普通は勝った日もあれば負けた日もあったのだと考えるでしょう。町内の若い衆も、まずはその意味に受け取ります。

「勝ったり負けたり」と聞けば、少なくとも何度かは勝っていると思いますよね。でも、本当にそうなのでしょうか。

初日の成績を尋ねてみる
町内の若い衆は、もう少し詳しい話を聞きたくなります。そこで、まず初日の取り組みはどうだったのかと尋ねます。
すると、関取の答えは「負けた」というものでした。
もちろん、一度くらい負けることはあります。「勝ったり負けたり」なのですから、別の日には勝っているのだろうと思えます。
ところが二日目を聞いても負け。さらに次の日を尋ねても、やはり負けています。

聞けば聞くほど負けが増えていく
町内の若い衆は、その後の取り組みについても順番に尋ねていきます。
しかし、いつまでたっても勝った話が出てきません。聞けば聞くほど、出てくるのは負けた話ばかりです。
最初は何気なく聞いていた町内の若い衆も、さすがに不思議に思い始めます。
「勝ったり負けたり」と言っていたはずなのに、どこにも「勝った」が出てこないからです。

一敗、二敗なら何も不思議ではありません。でも、ずっと負けているのに「勝ったり負けたり」と言っていた。ここで最初の一言が急に怪しくなってきます。

結局、全部負けていた
とうとう、町内の若い衆が聞いた取り組みはすべて負けだったことが分かります。
そこで町内の若い衆は、関取へ問いただします。
「勝ったり負けたりと言っていたじゃないか」というわけです。
普通に考えれば、これで関取の説明は完全に破綻したように見えます。

全部負けていたのなら、「勝ったり負けたり」はおかしいですよね。ところが関取には、まだ言い分があるんです。
「向こうが勝ったり、こちらが負けたり」
問いただされた関取は、最初の言葉について意外な説明をします。
自分が勝ったり負けたりした、という意味ではありません。
向こうが勝ったり、こちらが負けたりしていたというのです。
確かに言葉の上では「勝ったり負けたり」です。しかし、実際のところ関取は一度も勝っていません。

今度は「一日も土がつかなかった」
さらに話を聞くと、関取は今度の場所では「一日も土がつかなかった」と胸を張ります。
相撲で「土がつく」とは負けること。つまり「土がつかなかった」と聞けば、一度も負けなかったように聞こえます。
町内の若い衆も、今度こそ立派な成績だったのだと感心します。
ところが、よく聞いてみると、関取はその場所を休場していただけでした。土俵に上がっていないのですから、確かに土はつきません。
ここでも関取は、嘘をついているわけではないものの、聞き手が自然に勘違いする言い方をしています。
親方に辞めることを相談すると
あまりの成績に、町内の若い衆は「もう相撲取りを辞めたほうがいいのではないか」と勧めます。
関取自身もその気になり、親方へ相談したことがありました。
ところが親方は、関取に辞められては困ると言います。
理由を聞けば、「お前がいなくなったら、誰がちゃんこを作るんだ」というもの。
関取は力士として頼りにされていたというより、相撲部屋のちゃんこ番として必要とされていたのです。
そして、あまりにも負け続けている関取の様子を見て、そんなに何でも相手へ渡すように負けるのなら、四股名を「大安売り」にしたらよい、という趣旨の言葉へつながっていきます。

「大安売り」のオチはどういう意味?
この噺のオチには、二つの仕掛けがあります。
一つ目は、「勝ったり負けたり」という言葉の意味のずらしです。
聞き手は当然、「関取自身が勝つこともあれば、負けることもあった」と理解します。ところが最後になって関取は、「相手が勝つ」「自分が負ける」という二つの出来事を並べただけだったと説明します。
言葉だけを見れば完全な間違いとは言い切れません。しかし、聞き手が普通に受け取る意味とはまったく違います。
二つ目は、全敗する関取と「大安売り」という言葉を重ねることです。
「大安売り」とは、品物を非常に安く売ることです。この噺では、誰に対しても次々と負けてしまう関取の姿を、何でも惜しげなく安く売ってしまう「大安売り」に重ねています。
つまり、辞書上の意味そのものが相撲を指すわけではありません。関取のあまりの負けぶりを「大安売り」にたとえるところが、落語らしい言葉の面白さなのです。

関取は「自分も勝った」とは言っていないんですね。聞いた側が自然にそう思い込む言い方になっているところが、このオチの面白いところです。
「大安売り」の見どころ
平然と答える関取と、少しずつ疑い始める聞き手
「大安売り」は、最初から大きな事件が起きる噺ではありません。
関取は普通に答え、町内の若い衆も普通に質問しているだけです。それなのに、質問が一つ増えるたびに話の不自然さが大きくなっていきます。
実際の高座では、関取がどれだけ平然としているか、聞き手がどの時点で違和感を持ち始めるかによって、笑いの膨らみ方も変わります。
短い会話だからこそ生きる「間」
登場人物も少なく、筋も単純な噺だからこそ、演者の声色、表情、間、会話のテンポが大きな見どころになります。
「また負けた」と分かった瞬間に少し間を取るのか、それとも畳みかけるように次の敗戦を聞いていくのか。同じ筋でも、演じ方によって印象は変わります。
言葉を少しだけ都合よく使う人間のおかしさ
関取は、実際には全部負けています。それでも最初から「全敗だった」とは言わず、「勝ったり負けたり」という聞こえのよい表現を選んでいるようにも見えます。
失敗をそのまま言うより、少しだけ格好よく聞かせたい。そんな気持ちは、現代の私たちにもどこか思い当たるところがあるかもしれません。
ただし、これは噺の中で明確に語られている心理ではなく、言葉遣いから読み取れる一つの解釈です。

全部を隠す大げさな嘘ではなく、言い方だけを少し変えているのが絶妙ですね。「そこまで言うなら最初から認めればいいのに」と思えてしまうところも笑いになります。
相撲を題材にした落語として楽しむ
古典落語には、相撲や力士が登場する噺がいくつもあります。「大安売り」は、その中でも相撲の専門知識より、関取と町内の若い衆との会話を中心に楽しめる作品です。
「朝霧ものがたり」では、力士が思いがけない形で物語に登場する落語「千早振る」のあらすじとオチも紹介しています。こちらは百人一首の意味を説明しようとして、とんでもない物語が作られていく滑稽噺です。
「大安売り」は落語初心者にも分かりやすい?
「大安売り」は、落語初心者にも比較的分かりやすい短編です。
主要な登場人物は関取と町内の若い衆が中心で、複雑な人物関係はありません。「巡業の成績を尋ねる」という一つの会話を軸に進むため、物語を見失いにくいのも特徴です。
相撲に関する言葉や取り組みの描写が口演によって加わる場合はありますが、細かな相撲知識がなくても、関取が負け続けていることが分かれば大筋は理解できます。
一方、小さな子どもが鑑賞する場合には、「大安売り」という言葉の意味と、「向こうが勝ったり、こちらが負けたり」という言葉の仕掛けを補足すると、オチがより伝わりやすくなるでしょう。
短く、人物も少なく、最後に言葉の意味がひっくり返る。古典落語のサゲの面白さを気軽に味わいやすい一席です。
まとめ
落語「大安売り」は、巡業から帰ってきた関取が「勝ったり負けたり」と戦績を説明したところから始まる古典落語の滑稽噺です。
ところが一日ずつ結果を尋ねると、出てくるのは負けた話ばかり。最後には「向こうが勝ったり、こちらが負けたり」という言葉の仕掛けが明らかになります。
さらに、「一日も土がつかなかった」と言いながら実は休場していたことや、相撲を辞めようとしても親方からちゃんこ番として引き止められるなど、関取の情けなくも憎めない姿が笑いを重ねていきます。
そして、そのあまりの負けぶりが「大安売り」という題名につながります。
短い噺ですが、最初の何気ない一言が最後に別の意味へ変わる構成、関取と聞き手の温度差、会話の間など、落語ならではの面白さが詰まっています。

最初に聞いた「勝ったり負けたり」と、最後に聞く「勝ったり負けたり」では、同じ言葉なのに意味がまったく違って感じられます。その変化を楽しみながら聴いてみてください。
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参考資料・補足
- 公益社団法人 落語芸術協会「落語はじめの一歩 演目紹介 大安売り」
- 小学館『精選版 日本国語大辞典』「大安売」項
- ぴあ落語ざんまい 笑福亭和光「大安売り」
「大安売り」は、口演によって取り組みの数、負け方、会話の細部などが異なる場合があります。本記事では、巡業から帰った関取へ町内の若い衆が成績を尋ね、初日から順に聞いていくとすべて負けていたことが分かる筋を基本に整理しました。
また、口演によっては、「一日も土がつかなかった」と言いながら実は休場していた話や、相撲取りを辞めようとした関取が親方からちゃんこ番として引き止められるくだりなどが加わります。本記事では、今回紹介する筋に合わせてこれらの展開も含めています。
最後の「向こうが勝ったり、こちらが負けたり」という言葉や、負け続ける関取に「大安売り」という四股名を勧める趣旨のサゲが、この演目の代表的な形として知られています。
また、関取や聞き手に固有の人物名が付く場合、取り組みの内容が詳しく語られる場合など、演者による違いがあります。本記事では、すべての口演に共通しない名称や細部を固定せず、「関取」「町内の若い衆」として紹介しました。

