落語「平林」あらすじと解説|名前の読み方が次々変わる言葉遊び

江戸の町中で手紙を手に大声を上げる定吉を町人たちが振り返る、落語「平林」あらすじと解説のアイキャッチ画像 落語

こんにちは、朝霧小春です。

今回ご紹介するのは、古典落語の滑稽噺「平林(ひらばやし)」です。

物語の中心となるのは、商家で働く丁稚の定吉。主人から一通の手紙を預かり、「平林さん」のところへ届けるよう頼まれます。

ところが定吉は、途中で肝心の名前を忘れてしまいます。手紙には「平林」と書いてありますが、自分ではその字を読めません。

そこで町の人たちに読み方を尋ねるのですが、返ってくる答えは「たいらばやし」「ひらりん」「一八十の木木」など、人によってばらばら。簡単だったはずのお使いが、聞けば聞くほど分からなくなっていきます。

漢字をどう読むかという身近な題材から、音の面白さと会話のテンポで笑いを広げていくところが「平林」の魅力です。

小春
小春

たった二文字の名字なのに、聞く人が増えるほど答えも増えていきます。定吉がどこまで混乱してしまうのか、読み方の変化に注目してくださいね。

「平林」の登場人物

定吉

商家で働く丁稚で、この噺の主人公です。主人から手紙を届けるよう頼まれますが、行き先の「平林」という名前を途中で忘れてしまいます。

手紙に書かれた漢字を自分で読めないため、通行人へ助けを求めます。教えられたことを素直に信じようとする姿が、噺を思わぬ方向へ進めていきます。

主人

定吉に手紙を託す商家の主人です。「平林さん」のところへ届けるよう、定吉に行き先を教えます。

口演によって、主人や旦那、番頭など、定吉に使いを頼む人物の立場や呼び方には違いがあります。

町の人たち

道に迷った定吉から、「平林」という字の読み方を尋ねられる人々です。それぞれが別の読み方を教えるため、定吉はますます混乱していきます。

名前や人数、職業などは口演によって異なりますが、複数の人物が次々と違う答えを出すことが笑いの中心です。

月乃
月乃

読めない定吉だけでなく、教える大人たちまで答えが違うんですね。いったい誰を信じればいいのでしょう。

落語「平林」のあらすじ

定吉が「平林さん」への手紙を預かる

ある日、商家で働く定吉は、主人から使いを頼まれます。

渡されたのは一通の手紙。届け先は「平林さん」です。

定吉は行き先を忘れないように、「ひらばやし、ひらばやし」と名前を繰り返しながら店を出ます。

ところが、道を歩いているうちに何かへ気を取られたのか、肝心の名前が頭から抜けてしまいました。

手元には手紙があります。宛名を見れば分かりそうですが、定吉にはそこに書かれた「平林」という字が読めません。

小春
小春

手紙はちゃんと持っているのに、文字が読めないので答えを確認できません。ここから「人に聞くほど迷う」という、おかしな展開が始まります。

手紙を見ながら届け先の名前を思い出せず、江戸の町中で困った表情を浮かべる定吉

次々に違う読み方を教えられる

定吉は、通りかかった人に手紙を見せて、「この字は何と読むんですか」と尋ねます。

最初の人が教えたのは、「たいらばやし」。

ところが主人から聞いた名前とは、どこか違うような気がします。

そこで別の人に尋ねると、今度は「平」を「ひら」、「林」を「りん」と読んで、「ひらりん」だと言われました。

さらに別の人は、漢字の形をばらばらに見て、「平」は「一・八・十」、「林」は「木が二つ」だから、「一八十の木木」だと教えます。

また別の人からは、数字に見立てた読み方で、「ひとつとやっつで、とっきっき」だと言われます。

聞くたびに答えが変わるため、定吉にはどれが正しいのか、ますます分からなくなってしまいました。

そこで定吉は、

「それなら、全部まとめて言えばどれか当たるだろう」

と考えます。

「たいらばやしか、ひらりんか。一八十の木木、ひとつとやっつでとっきっき」

と大声で唱えながら町を歩き始めました。

「平林」と書かれた手紙を指さして読み方を説明する通行人と、それを驚いた表情で見つめる定吉

騒ぎの末に「平林」へ戻る

定吉が四つの読み方を大声で唱えながら歩いていると、その調子を聞いた人から、まるで祭り囃子のようだと声をかけられます。

本記事で紹介している「祭り囃子型」では、ここから「祭り囃子」と「平林」の音を掛けたやり取りへ進みます。

定吉は、あれほど別の読み方に振り回されていたにもかかわらず、最後には探していた「平林」という正しい名前へ戻ってきます。

出発時には主人からきちんと教えてもらっていた二文字の名字が、町を歩くうちにどんどん長い言葉へ変わり、この型では最後に再び「平林」へ戻る。その大きな遠回りが結末の笑いになっています。

ただし、「平林」には複数のサゲが伝わっています。本記事では祭り囃子を使う型を中心にあらすじを紹介しており、実際の高座では最後のやり取りや登場人物、サゲの言葉が異なる場合があります。

手紙を手に大声で呼びかけながら町を歩き、周囲の人々が振り返る中で勢いよく進む定吉

「平林」のオチはどういう意味?

「平林」の面白さは、出発するときには主人から正しい「ひらばやし」という名前を教わっていたのに、定吉が途中で忘れ、確認しようとするほど正解から遠ざかっていくところにあります。

手紙には正しい宛名が残っています。しかし文字を読めない定吉には、それを自分で確かめることができません。そのため町の人へ尋ねるたびに、「たいらばやし」「ひらりん」「一八十の木木」など、新しい候補だけが増えていきます。

本記事で採用している祭り囃子型では、最後に長い読み方を唱えて歩く定吉の声が「祭り囃子」のように聞こえることから、「囃子」と「林」の音を利用したやり取りへつながります。

つまりこの型のサゲは、単に正解の名前を思い出して終わるだけではありません。二文字だった「平林」が途中で長い囃子のような言葉へ膨らみ、最後にその「囃子」そのものが「平林」へ戻るきっかけになるところに仕掛けがあります。

落語芸術協会では「平林」を地口オチに分類しています。地口とは、似た音や言葉を掛け合わせて笑いにつなげる仕組みです。

小春
小春

最初に教わった名前を忘れたことから始まったのに、遠回りした末、その言葉遊び自体が正解へ戻るきっかけになるんですね。祭り囃子型では、この一周する感じも面白いところです。

「読めない定吉」と「読めるはずの大人」の逆転

定吉は文字を読めないため、自分では「平林」の読み方を確かめられません。だから町の大人たちを頼るのですが、頼られた側も「たいらばやし」「ひらりん」「一八十の木木」と、それぞれ違う答えを出してしまいます。

ここで面白いのは、最初から定吉だけが笑われる構図にはなっていないことです。

定吉は少なくとも「自分には読めない」と分かっています。一方、教える大人たちは答えに自信があるように振る舞いながら、結果として定吉をさらに迷わせていきます。

つまり物語が進むほど、「文字を読めない丁稚」と「読めるはずの大人」のどちらが本当に頼りになるのかが分からなくなっていきます。

定吉の無知だけではなく、分からないことにもそれらしい答えをつけてしまう大人たちまで笑いの対象になる。この小さな逆転が、「平林」を単なる漢字クイズでは終わらせない面白さの一つです。

参考資料・補足

  • 三遊亭円窓/著、長野ヒデ子/画『おもしろ落語図書館〈その四〉』大日本図書、1996年、ISBN 978-4-477-00648-2
  • 文化デジタルライブラリー「演目:平林」独立行政法人日本芸術文化振興会
  • 落語芸術協会「落語はじめの一歩 演目一覧(は行~わ行)」
  • 公益財団法人堺市文化振興財団「東文化茂山狂言会番外編 狂言と落語『平林(たいらばやし)』」

『おもしろ落語図書館〈その四〉』は、大日本図書の公式カタログで、三遊亭円窓著、長野ヒデ子画、ISBN 978-4-477-00648-2と確認できます。同巻には「平林」のほか、「宿屋の富」「そば清」「長屋の花見」などが収録されています。

文化デジタルライブラリーでは「平林(ひらばやし)」の公演記録が複数確認でき、たとえば1990年7月28日の第112回国立名人会では、前座として14分の「平林」が記録されています。

「平林」は江戸落語・上方落語の双方で演じられており、演目名についても「ひらばやし」「たいらばやし」という表記・呼称が見られます。本記事では、文化デジタルライブラリーで用いられている「ひらばやし」を基本の読み方としました。

定吉へ使いを頼む人物の立場、道中で読み方を教える人物の人数や職業、名前を忘れるきっかけ、最後のやり取りなどには口演による違いがあります。

「たいらばやし」「ひらりん」「一八十の木木」「ひとつとやっつでとっきっき」という読み分けは、堺市文化振興財団による「平林」の公演紹介でも確認できます。同ページでは、字の読めない丁稚が「平林さん」へ手紙を届ける筋も紹介されています。

また、同財団の解説では「平林」の原話として、安楽庵策伝の笑話集『醒睡笑』の一編が紹介されています。浄土真宗本願寺派総合研究所による『醒睡笑 全訳注』の書評でも、「平林」という名字の読み間違いを題材にした小咄が、落語「平林」の原形として紹介されています。

サゲには複数の型があります。本記事のあらすじとオチ解説では、祭り囃子と「平林」を掛ける型を中心に扱っていますが、それを全口演共通の結末とはしていません。

タイトルとURLをコピーしました