落語「妾馬(八五郎出世)」あらすじと解説|殿様に語る家族への思い

落語「妾馬」の一場面を再現した、殿様と八五郎が大広間で向かい合うアニメイラスト。「落語『妾馬』あらすじと解説」の文字入り。 落語

こんにちは、朝霧小春です。

今回ご紹介するのは、大名噺の「妾馬(めかうま)」です。

別題の「八五郎出世(はちごろうしゅっせ)」でも知られる古典落語で、物語の中心となるのは裏長屋に暮らす八五郎。妹のお鶴が殿様の側室となり、跡継ぎとなる男の子を産んだことから、八五郎までお屋敷へ招かれることになります。

ところが八五郎は、武家特有の言葉遣いや礼儀作法には不慣れです。失礼がないように振る舞おうとするほど話はおかしな方向へ進み、格式あるお屋敷は八五郎の言動に振り回されていきます。

前半は身分や言葉の違いを使った笑いが中心です。しかし妹と再会し、家に残った母親の話が出てくると、噺の空気は少しずつ変わります。笑われていた八五郎の中から、家族を大切にする兄の顔が見えてくるところが「妾馬」の大きな魅力です。

小春
小春

武家の作法に戸惑う八五郎を笑っていたはずなのに、途中から少しずつ見え方が変わってきます。その変化にも注目してみてください。

「妾馬」の登場人物

八五郎

裏長屋に暮らす町人で、お鶴の兄です。武家社会の作法には疎く、思ったことをそのまま口にするため、お屋敷では次々とおかしなやりとりを生みます。

一方で、母親や妹への情は深く、取り繕うことのできない素直さを持った人物です。その性格が、やがて殿様の心も動かしていきます。

お鶴

八五郎の妹です。母親、兄と長屋で暮らしていましたが、大名の殿様に見初められて側室となり、やがて跡継ぎとなる男の子を産みます。

身分は大きく変わりましたが、八五郎にとっては昔と変わらない妹です。兄妹の再会が、物語を滑稽なやりとりから人情へ動かすきっかけになります。

殿様

お鶴を側室に迎えた大名です。八五郎の慣れない言葉遣いや無遠慮な振る舞いを、ただの無礼として退けず、その飾らない人柄に興味を持ちます。

身分の大きく異なる八五郎と殿様が、次第に堅苦しさを離れて話すようになるところも、この噺の見どころです。

三太夫

殿様に仕える家臣として、八五郎を取り次ぐ人物です。武家の礼儀を守ろうとする立場にいるため、勝手の分からない八五郎との対照が笑いを生みます。

口演によって家臣の呼称や描き方には違いがありますが、八五郎と武家社会をつなぐ役割を担います。

月乃
月乃

妹がお殿様の側室になっただけでも大変なのに、今度は八五郎までお屋敷へ呼ばれるんですね。ちゃんと挨拶できるのでしょうか。

落語「妾馬」のあらすじ

お鶴が殿様の側室になる

江戸の裏長屋に、お鶴という若い娘が暮らしていました。母親と兄の八五郎との三人暮らしで、お鶴は気立てのよい娘として描かれます。

あるとき、お鶴が大名の殿様の目にとまり、お屋敷へ上がって側室となります。やがて男の子を産み、その子は殿様の跡継ぎとなりました。

長屋で暮らしていたお鶴は、今ではお屋敷で大切に扱われる身分です。しかし母親や兄にとっては、どれほど立場が変わっても大切な家族であることに変わりはありません。

落語に描かれる親子や家族のつながりに興味がある方は、落語「子別れ」のあらすじと親子の物語もあわせてお楽しみください。

お屋敷へ上がって側室となり、やがて男の子を産むお鶴

八五郎がお屋敷へ招かれる

ある日、お鶴が兄に会いたがっているということで、八五郎がお屋敷へ招かれることになります。

しかし八五郎は、殿様と話すときの言葉遣いも作法も分かりません。そこで家主などから、殿様の前では失礼のないように話すことを教えられます。

急に武家向けの言葉を覚えたところで、自然に使えるはずもありません。八五郎は丁寧に話そうとすればするほど妙な言い回しになり、お屋敷へ着く前から危なっかしさが漂います。

小春
小春

八五郎はふざけているわけではありません。失礼がないように本気で頑張っているからこそ、どんどん話がおかしくなってしまうんです。

家主などから、殿様の前では失礼のないように話すことを教えられる八五郎

殿様の前で、とんちんかんな受け答え

八五郎は家臣に案内され、いよいよ殿様の前へ出ます。

覚えてきた言葉をなんとか使おうとしますが、慣れない敬語や武家の作法に戸惑い、会話はなかなかうまく進みません。殿様はそんな八五郎を見て、堅苦しくしなくてもよい、普段どおりに話すよう促します。

すると八五郎は一気に気が楽になります。今度は殿様を相手にしていることさえ忘れたように、普段の調子で話し始めました。

家臣たちは気が気ではありませんが、殿様は怒るどころか、八五郎の遠慮のなさをおもしろがります。身分も育った環境もまったく違う二人の距離が、少しずつ縮まっていきます。

距離が、少しずつ縮まっていく殿様と八五郎

酒が入り、妹のお鶴と再会する

やがて八五郎には酒や料理が勧められます。酒が入るにつれて緊張も解け、八五郎らしい話しぶりはますます勢いを増していきます。

そして八五郎は、その場に妹のお鶴がいることに気づきます。

長屋で一緒に暮らしていた妹が、今では立派なお屋敷で暮らし、跡継ぎの母となっている。八五郎はお鶴へ語りかけ、周囲の人たちにかわいがってもらえるようにしろと兄らしい言葉をかけます。

月乃
月乃

周囲には「お鶴の方」でも、八五郎にとってはずっと妹のお鶴なんですね。身分が変わっても、兄妹の記憶までは変わりません。

その場に妹のお鶴がいることに気づく八五郎

八五郎が母親の思いを語る

妹の姿を見た八五郎は、長屋に残っている母親のことを思い出します。

娘が立派な身分になり、跡継ぎまで産んだことは母親にとって大きな喜びです。しかし身分があまりにも違ってしまったため、以前のように気軽に娘へ会いに行くことはできません。孫が生まれても、自由に顔を見ることのできる立場ではないのです。

八五郎は、そんな母親がお鶴や孫のことを思っている様子を語ります。そして妹にも、母親の気持ちを忘れないようにと伝えます。

ここで八五郎が使うのは、最初に覚えてきた立派な言葉ではありません。普段の言葉のまま家族への思いを語るからこそ、その気持ちが殿様にも伝わっていきます。

小春
小春

作法を間違えないように話していたときより、自分の言葉で母親や妹について語ったときのほうが、八五郎がどんな人なのか、ずっとよく分かります。

母親について語る八五郎とお鶴

殿様が八五郎を気に入り、武士へ取り立てる

八五郎の飾り気のない人柄と、母親や妹を大切にする気持ちを知った殿様は、八五郎をすっかり気に入ります。

そして、町人だった八五郎を武士として取り立てることになります。長屋から妹を訪ねてきただけだった八五郎が、思いがけず自分まで出世することになったのです。

「妾馬」では、八五郎が武士へ取り立てられるところまでを一区切りとして演じ、「八五郎出世」の題を用いる口演もあります。日本芸術文化振興会の公演記録でも、「妾馬」と「八五郎出世」の双方の題による口演が確認できます。

月乃
月乃

殿様は、作法を知らない八五郎のどこを気に入ったのでしょう。身分や言葉遣いではなく、その人柄そのものを見ていたのかもしれませんね。

町人だった八五郎を武士として取り立てることになるシーン

「妾馬」のオチと結末|「八五郎出世」とはどう違う?

「妾馬」を初めて知った方が疑問に思いやすいのが、「八五郎出世」と「妾馬」は別の噺なのかという点です。

八五郎がお屋敷へ招かれ、殿様に気に入られて武士へ取り立てられるところまでを「八五郎出世」と題して演じる口演があります。一方、「妾馬」には、その後の八五郎を描く後半を含む型も伝わっています。

武士となった八五郎は、使者として馬に乗って出かけることになります。しかし町人暮らしだった八五郎は、出世したからといって急に馬術まで身についたわけではありません。慣れない馬を思うように扱えず、騒動になってしまいます。

この後半では、馬に振り回される八五郎を使ったサゲが伝わっていますが、最後の言葉や処理には口演による違いがあります。伝わる形の一つとして、行き先を尋ねられた八五郎が、自分にも分からないのだから馬に聞いてくれという意味の返事をして締めるものなどがあります。

したがって「妾馬」の結末は、一つのサゲだけを全口演共通の正解と考えるより、八五郎の出世で締める型と、さらに馬の騒動まで続ける型があると理解すると分かりやすいでしょう。

小春
小春

「八五郎出世」はまったく別の物語というより、「妾馬」の中でも八五郎が出世するところまでを演じる際に使われる題なんですね。馬まで続くかどうかで、最後の味わいも変わってきます。

「妾馬」の見どころ

格式ある武家と八五郎の言葉のずれ

前半の笑いを支えているのは、格式を重んじる武家社会と、長屋暮らしの八五郎との大きなずれです。

八五郎は最初から無礼な態度を取ろうとしているわけではありません。礼儀を守ろうとすれば言葉がおかしくなり、「普段どおりでよい」と言われれば今度は遠慮までなくなってしまいます。

本人が真面目であればあるほど笑いが大きくなるところに、八五郎という人物のおもしろさがあります。

姿を直接演じなくても、お鶴がそこにいるように感じられる

日本芸術文化振興会の文化デジタルライブラリーでは、八五郎がお鶴へ話しかける場面で、落語家がお鶴そのものを演じなくても、八五郎の語りかけ方から観客に妹の姿を想像させる点が紹介されています。

一人で複数の人物を演じる落語ですが、必ずしもすべての人物に台詞を与えるわけではありません。八五郎がどこを見て、どのように妹へ語りかけるのか。実際の高座では、そんな演じ方にも注目です。

笑われる人物から、心を動かす人物へ変わる

八五郎自身の性格は、途中で急に変わったわけではありません。

武家の作法を知らないことも、遠慮なく物を言うことも、酒が入ると調子に乗ることも変わりません。その同じ八五郎が母親や妹のことを語ったとき、観客には別の一面が見えてきます。

つまり「滑稽な八五郎」と「家族思いの八五郎」は別人ではなく、最初から同じ人物です。前半でたっぷり笑わせているからこそ、後半の素直な言葉が強く心に残ります。

身分の異なる人物同士が、相手の人柄を知ることで関係を変えていく噺としては、落語「井戸の茶碗」のあらすじと結末にも通じる味わいがあります。

出世しても変わらない八五郎

八五郎は武士へ取り立てられますが、身分が変わったからといって、急に何もかもできる侍になるわけではありません。

馬の後半まで演じる型では、そのずれが最後の笑いになります。前半では武家の言葉に戸惑い、後半では武士らしく馬へ乗ることに戸惑う。出世しても変わらない八五郎らしさが、噺の最初と最後をつないでいます。

「妾馬」は落語初心者にもおすすめ?

「妾馬」は、八五郎、お鶴、殿様を中心に物語が進むため、人物関係そのものは比較的追いやすい古典落語です。

一方で、側室、跡継ぎ、武士への取り立てといった江戸時代の身分制度を背景にした言葉が登場します。細かな制度を覚える必要はありませんが、長屋の町人である八五郎と大名では身分に大きな隔たりがあると分かっていると、前半の言葉遣いや作法をめぐる笑いが理解しやすくなります。

口演によっては長めの一席になるため、短い落語から入りたい方には少し長く感じるかもしれません。ただし、滑稽な会話、兄妹や母親への人情、出世による立場の変化と、場面ごとに雰囲気が変わるので物語性は豊かです。

子どもと鑑賞する場合は、「妾」という言葉や側室という制度について簡単に説明すると理解しやすいでしょう。八五郎が母親や妹を思う気持ちは、時代背景を知らなくても受け取りやすい部分です。

まとめ

古典落語「妾馬」は、妹のお鶴が殿様の側室となって跡継ぎを産み、その兄・八五郎がお屋敷へ招かれることから始まる大名噺です。

武家の作法を知らない八五郎と、格式ある屋敷の人々とのずれが前半の笑いを生みます。しかし妹と再会し、母親の思いを語るころには、八五郎の素直さと家族への情が噺の中心へ浮かび上がります。

「八五郎出世」として武士への取り立てまでを演じる口演がある一方、さらに馬の騒動へ続く型もあります。どこまで演じるかによって、人情の余韻と最後の滑稽味のバランスが変わるのも、この演目のおもしろさです。

小春
小春

作法は知らなくても、家族を思う気持ちはまっすぐ。最初は八五郎を笑っていたのに、いつの間にかその人柄が好きになっている――そんな心の変化も味わいながら「妾馬」を楽しんでみてください。

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参考資料・補足

  • 独立行政法人日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー」大名噺『妾馬』
  • 独立行政法人日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー」公演記録「妾馬/八五郎出世[落語]」
  • TBS「落語研究会」第643回 解説資料「世継ぎ(妾馬)」田中優子

文化デジタルライブラリーでは、「妾馬」を大名噺として紹介し、裏長屋に住むお鶴が大名の側室となって跡継ぎを産み、兄の八五郎がお屋敷へ招かれ、殿様に気に入られて武士へ取り立てられる流れを掲載しています。同ページのあらすじは、国立演芸場「第121回 花形演芸会」で春風亭一朝が演じた噺をもとに紹介されたものです。

日本芸術文化振興会の公演記録では、同系統の演目について「妾馬」と「八五郎出世」の双方の題による口演が確認できます。また、TBS「落語研究会」の解説資料では、侍となった八五郎が使者となり、乗り慣れない馬で騒動になる後半が省略されることや、六代目三遊亭圓生が「八五郎の出世」の題を用いたことが紹介されています。

演者や口演によって、八五郎へ礼儀を教える場面、家臣の呼称、屋敷での会話、酒席の描写、武士となった後をどこまで演じるか、最後のサゲなどに違いがあります。本記事では一つの型だけを全口演共通の正解とはせず、主要な物語の流れと確認できる口演差を分けて紹介しました。

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